私は栃木県足利市在住の地福院副住職並びに、やままえ保育園園長の藤生義仁と申します。
この度は池尾宥亮さんとのご縁で、この「縁つながり」のお話を頂きました。
昨年の4月より、実家の保育園の園長に就任、現在園長2年目として日々子ども達の成長を考え、職員共々保育に邁進しております。
7年前、高野山での修行を終えて、実家である足利市に帰ってきた当初は、どちらかというとお寺の方に従事していることが多く、たまに保育園に顔を出す程度でした。
実家が保育園とのこともあり、常日頃から子ども達に囲まれている生活で、子どもと触れあったり遊んだりすることはとても好きでした。
その感覚のまま、保育園に携わった始めのころは、ただ遊ぶだけという感覚しか持っていませんでした。
しかし3年前頃から徐々に保育園での仕事が多くなるにつれ、「保育」に対する見方が変わってきました。
ふと、「いま目の前にいる子どもは将来どんな大人になるのだろうか?」と考えるようになり、そこから「今やっている保育とは何なのだろうか?」と真剣に思うようになりました。
その疑問を持ちながら日々子どもたちと接していく中で、いかにこの乳幼児期(0歳~6歳)と呼ばれる期間が子ども達にとって将来のための重要な時間であるか、ということが分かってきました。
将来を考えない、将来なりたいものがないなどと考える若者の割合が多くなったという話をよく聞きますが、未来ある若者には夢に満ち溢れ、どんな困難にも打ち勝ち、自分自身で未来を切り開いていく、そんな考えを持ってもらいたい、というのが私の大きな願いの1つになりました。
「自分はこれがしたい!これになりたい!」と自信を持って堂々と言えるような大人になってもらいたいという気持ちでいっぱいです。
そんな大人になってもらうため、「立派な大人になるための土台作り」「立派な日本人としての人格の形成」をテーマに、去年の4月から園長となったことを機に、今までの保育園での保育の仕方を、職員と一緒に見直しを図り、改善していこうとスタートしました。
そのキーワードとして、「自己肯定感」「個性の大切さ」「躾」「思いやり」「自立」を挙げています。
保育の最終目標は、「自立」だと思っています。
「自分の身の回りのことは、しっかり自分でできる。自分の考えをはっきり言える。自分でメリハリをつけられる。」なかなか難しいことですが、これを目指して努力して、工夫していくことがこの保育園での使命であり、役目だと思います。
キーワードは私自身の中では、どれも大切なものですが、その中でも最も大切なものは「自己肯定感」であると思います。
この自己肯定感をいかに育むかが、乳幼児期の保育の土台となり、自立の土台となり、強いては子供たちの将来の土台となるものだと思います。
この自己肯定感。
これは自信と似ているものですが、違う点は「自分自身で育むことができない」というところです。
乳幼児期には、周りにいる大人・環境から与えられ、育っていくものです。
たくさんの愛情、たくさんの思いやりの中で大切にされているという心を育てあげること。
そこから保育はスタートすることが分かってきました。
そのたくさんの愛情を注がれた中で、子ども達にたくさんの経験を与え、子ども達の様子を見ながら発達・発育に合わせた環境の提供をしていく。
この絶妙なバランスを考え、工夫し、実践していき、子ども達を導いていく仕事。
それが「保育」なのかなというのが今の時点での考えです。
また現在、保育園・幼稚園は新制度導入やこども園への移行という岐路にたっていますが、「保育」には答えが1つではないと思います。
様々な解釈、いろいろなスタイルが有っていいと思います。
しかし、そんな中でも決して変わらない原点・原理があるとも思います。
そこを忘れずに、まだまだ未熟者ですが、子ども達の未来のために自分の考えに沿った保育を見つけながら、職員と共にさらに楽しんで、子ども達の未来を応援していきたいと思います。
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