Vol.43「“英語て面白いね”」

円生院さんで英語の勉強をしているという事を聞きました。
なんかお役に立つことがあればと書いてみました。
私は中・高・大で英語を長年教えてきました。
だったら英語の名人?と生徒は聞きますが、とんでもない、なかなか英米人のようには英語は使えません。
でも、英語をやっていてよかったなといつも思います。
先日も、青春18きっぷ(JRの各停しか乗れない安売り切符)で和歌山県の紀伊本線で串本まで行って来ました。
紀伊田辺駅から隣の座席にオーストラリア人の女性が乗ってきて、うろうろしているので英語で手助けをすることから、会話が弾んで2時間ほどお互いの国のことや、日本のことを話し続けました。
彼女は日本のことを勉強して来ていて、こんな質問をしました。
Shikoku Island consists of four prefectures, so you call it “Shikoku” .Kyushu Island doesn’t consist of nine prefectures, but you call it Kyusyu. Why?(四国は4つの県でできているから四国だけど、九州は7つの県なのになぜ九州なのですか。)
私は一瞬あれ~と思い九州の県を数えて見たのですが、確かに7つです。
江戸時代には9つ国があったからだと思うとは答えましたが、そんなこと思ってもいなかったのでびっくりしました。
私もオーストラリアのことをいろいろ聞いて楽しい2時間ほどでした。
英語をやっていてよかったなと思いました。
でも、その英語でいろいろ失敗もしました。
教室で生徒に話したことを書いてみます。
その時私は、アメリカの中央部北端のミネソタ州ミネアポリスにいました、もうカナダが近くて大学の休日にはよく周辺を旅行しました。
世界第3の大川ミシシッピー川もこのあたりでは淀川くらいの大きさになっており、源流と言われるアイタスカ湖では幅が1m位で、そこを飛び越えると、「あなたはミシシッピ川を飛び越えました。」という証明書を発行してくれるというサービスもあったりして、楽しい日々でした。
ある時、国境を越えてウイニペッグという町で宿泊していたら、レストランで日本人と思われる人が寄ってきました。
日本語であいさつすると、怪訝な顔をします。
おや、日系か韓国・中国の人かと思い、英語で対応すると、その人はインデアン(現在はイヌイットと言いますが)、で遠い昔先祖がアジアから移住してきたので、見た目は日本人と見間違うほどの容貌だったのです。
我々は同じテーブルでいろいろ話をしたのですが、インデアンの人達の現状は決して幸せではなくて、西洋的習慣の中で彼ら特有の生き方などが消えて行き、経済的にも最貧困に近い生活でかろうじて国の財政援助で生きていて、またそのことが労働意欲などを失わせて悲惨な状況だなどと真剣に話してくれました。
日本が第2次世界大戦であんなに完敗したのに、よくここまで立ち直ったのものだと、日本の努力を誉めてくれました。
私は戦前生まれで戦争の記憶も多少はありますから、戦後の日本のありさまや、食糧難のことを話しました。
その時「あまりに食べ物がないので、小学生の私は、学校の帰路道の草を摘んで、家でゆでておかずの一部にしたりもしました。
」というようなことを話しました。
すると彼は、「さすが日本は科学の進んだ国だ、そんなことが出来るほど文化が高いのか。
」と驚くのです。
私は話が混乱して、なぜ草をつんで食べることがそんなに高度科学的な事か理解できませんでした。
そうして、突然、わかりました。
私の草という発音がglassというガラスを意味する語に聞こえていたことを。
そうなんです、かなり注意していても日本人のラ・リ・ル・レ・ロはほとんど[ l ](エル)音に聞こえることを。
草という英語はgrassで[ r ](アール)音なのです。
このインデアンの人は日本では、道に落ちているガラスを拾って持って帰って、科学的な処理をして食べていたと理解したのです。
そうです、[ r ]の発音は我々日本人は大の苦手で、この音を言おうとしたら、まず[ウ]という音を前に付けて言いなさいと生徒にはよく言ったものです。
お手持ちの電子辞書でgrassとglassを聞いてみてください。
判別できますか。
次はイギリスロンドンでのことです。
私はロンドン大学に短期留学していましたが、その頃は日本人旅行者も少なく、時々通訳を手伝ったりしていました。
ある夜、ロンドン警察から電話がかかってきました。
日本の旅行者が盗難にあって困っている聴取の手伝いをしてくれないか。
という事でロンドン警察に行きました。
Scotland Yardと俗に言われているあの警察です。
そこでは30代くらいの日本女性が当惑した顔で座っていました。
「どうしたのですか。」と聞くと、「ホテルでトランクを盗まれた、と言うのです。
窓際に置いておいた旅行用トランクが、開いていた窓から持ち去られたそうで、和装など高価なものも入っていたそうです。
そこで、私は、She was stolen her luggage.(彼女は彼女の荷物を盗まれた。)と言いました。
すると、応答を記録していた警察官が、君の言いたいことはわかるけれど、これは公式の記録だから、次のように言いなおしてもいいか。
と私に言うのです。
彼はShe had her luggage stolen.と言いました。
そのころ私はもう教師をしていましたから、生徒には~されたと被害を受けた時には主語+have+物+pp(過去分詞)を使うのだといつも言っていたのに、日本語の「彼女は~された」と言う構文に引きずられれて変な英語になってしまったのです。
彼女が盗まれた….という事はないのですから。
それから、この構文に出会うたびにこの時の情景を思い出します。
お読みのみなさんも一度この構文を確認してください。
さて、失敗はいくらでもありますが、最後に面白い経験をひとつ書いて終わります。
それはフランスのパリからカナダ航空でカナダのモントリオールへ飛んでいた時のことです。
機内アナウンスがあって日本の方はいませんかと言うので、応答すると、日本人のお客さんが何か困っているのだが日本人乗組員はいないので、通訳して欲しいという事で手助けをしました、大したことはなかったのですが、あとで機長がお礼を言いたいからコックピットに来てほしいとのことで、出かけると、機長が操縦室に招き入れて先ほどのお礼を言うのです。
今ではコクピットに部外者が入ることはありえないですが、その頃は特に問題はなかったのです。
副操縦士の席に座れと言うので座っていると、操縦席の下はガラスで、下の様子が良く見えるのです。
あすこがタイタニック号が沈んだ場所だよなどと教えてくれていたら、突然機長が
「ちょっとコーヒーを飲みに行ってくるから、私の席に座っていてください。操縦桿は少しなら触っていいですよ。」と言ってさっさとコクピットから出て行くのです。
200人を超える乗客は私が操縦席にいることを知ったら驚くだろうと思いながら、操縦桿を少し触ると確かに動くように思うのです。
副縦士に「私が、これをぐーと動かしたらもう終わりですね」と言うと、「あなたはそんな人ではありませんから、大丈夫です。」と笑っているのです。
機長が帰るまで私はずっと操縦席にいました。
今では想像もできないことです。
私は国立大学の附属中高の教諭でしたが、パリの日本人学校の英語教師に転出という事で外務省へ出向して外交官パスポートで欧州を主に多くの国々を訪れる機会がありました。
パリの3年間の生活は家族ともどもで多くの経験のできた日々でした。
残念ながらフランス語は修得できませんでしたが英語がいまや世界共通語として、何処でも通用して、英語が無ければどこにも生活できないことを体感しました。
そこで英語教師として言えることは、
(1)学校で学ぶ文法や発音などしっかりマスターすること。
(2)聞くことを重視した学習をすること。
ラジオ・TV講座やCDなど多くの学習の機会がありますね。
(3)間違いを恐れないこと。
(4)物事に好奇心を持って日本語の本や新聞など読むこと。
自分の意見を持てるように、発表できるようにすること。
などです。
日本人は、生まれつきの英語を話す人たちとまったく同じように聞き話すことはほぼ無理ですが、日本人英語で自分を表したり英語を聞いて会話することはそんなに難しくありません。
さあ下手な英語でいいですよ。
まず英語で話してごらん。
日本人同士でいいですよ。
次に易しい英語のお話を読んでごらん。
学校の英語の先生に「英語の本、なにか読みたのですが。」と聞いてごらん、きっといいのを教えてくれますよ。
ではこれぐらいで。
おしまい。

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