サントリー美術館では、2015年12月16日から2016年2月7日まで「水神秘のかたち」展を開催します。
この度、円生院さんからもご協力を賜り、ご宝物をご出品いただくことになりました。
この場をお借りしまして、少々ご紹介させていただきます。
当館は、1961年の開館以来、日本の古美術を主に扱う美術館として、50年以上に渡って活動して参りました。
東京丸の内のパレスビル内でスタートし、赤坂見附の地を経て、2007年から港区の東京ミッドタウン内で活動を続けております。
展覧会企画型の美術館として、年間6本程度の企画展を中心に、これまで355本ほどの展覧会を開催させていただいております。
この度の展覧会は、水をテーマとしたもので、特に水の信仰面に焦点を当て、水を源とする信仰にまつわる造形物を、彫刻、絵画、工芸にわたって展観するものとなります。
生命の源である水は、全人類にとって不可欠なものであることはいうまでもありません。
それによって水に対する信仰が生まれることは、自然なことといえるでしょう。
特に日本は、四方を水に囲まれ水源も豊かな環境のためか、水の精神的な側面がより発展したようです。
例えば「潤い」という言葉に、我々は喉の乾きのほか、生活や気持ちの潤いまで連想します。
ただしこれは、世界中に共通することではありません。
また、私たちの知る昔話や、伝説に水にまつわる内容が多いことも挙げられます。
龍宮城、蓬莱山のお話や、雨乞いのお話、そして龍が登場するお話など、枚挙にいとまがありません。
そのことは、造形物にもいえます。
本展では、水が用いられる儀礼にまつわる作例や、水が関わる寺社縁起、仏教の弁才天など水を神格化した神仏、雨乞いと龍神、水に囲まれた浄土や龍宮などの理想郷の姿、水の吉祥文様や水の聖地を描く屏風まで、おおよそ6章に分けてテーマ毎に紹介することで、私たちが育んできた水の精神性を浮び上がらせようとするものです。
この中で4章を構成するのが、水の理想郷です。
私たちが古来思い浮かべてきた理想郷は、豊富な水に溢れています。
神聖な水は、理想郷を守ると同時に豊穣を約束し、水域はこの世との境界と考えられることで、イメージは形作られてきました。
仏教では阿弥陀如来の極楽浄土が有名ですが、観音菩薩の棲む補陀落浄土も挙げられます。
円生院さんの《楊柳観音像》は、その補陀落山にいる観音像の姿を表すものです。
観音は岩上で右膝を抱えながらゆったりと坐る姿で表され、傍らにはその名の由来となる柳の枝を挿す水瓶があります。
向かって左に韋駄天、右下に蓮弁に乗る善財童子、その近くに布袋と見られる姿、左下には龍が表されます。
これは『華厳経』入法界品に基づきながら、中国唐代の画家の周昉という人が創案したといわれていて、水月観音とも称されます。
その内容は、善財童子が文殊菩薩の教えに従って、五十三人の善知識を訪ね、最後に普賢菩薩に見えて悟りに至るというものです。
画面下部の善財童子は、観音のもとに馳せ参じる姿ということになります。
この図像は特に朝鮮・高麗で好まれ、日本でも室町時代の禅林寺院で水墨画として良く描かれました。
その中で中国・元時代の制作となる円生院本は、細部まで的確に捉えた描写と丁寧な彩色が施される優品です。
さて、観音が坐す岩の下にはいくつもの波頭がたつ水が描かれます。
これこそ、インドの遥か南方にあると考えられた観音の浄土であることを示すもので、ここが大海の向こうにある補陀落山を意味しているのです。
さらに背後の岩に生える竹や、その近くにある鳥も、南方を象徴するものとして描かれていると考えられます。
水域を隔てたところにある理想郷を、一部現実にあるものを借りながらイメージ化しているといえるのです。
水は本来、確かなかたちを持たないものですが、それを畏怖しながら神聖視し、信仰の対象とすることによって「神秘のかたち」が生まれました。
若水を汲む新春に、そんな神秘のかたちをお楽しみいただくのはいかがでしょうか。
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