生駒市高山町の築170年以上とも言われた古民家を入手したのは約8年前。アトリエ入手を願っていた私に決断させたのは、そこが竹の産地であり、私が竹材を使ったアンデスの民族楽器、ケーナの製作や演奏活動を続けたからでもあった。庭の隅っこからは高山らしく茶道具や茶筅に使われる真竹や淡竹(ハチク)が生えていて、竹笛を作り続けている私はこの地に工房を作ったことだけでも意味のあることのように思えた。
そこで茶筅伝統工芸師、稲田氏との出会い、色々な竹笛の話を交わす中、正倉院の古楽器『排簫(ハイショウ)』を復刻することになった。稲田氏はさすがに竹材にも豊富な知識と加工技術を持っておられ、排簫復刻は共同作業となって着手より3か月というスピードで作ることが出来た。
アンデスの民族楽器でサンポーニャと呼ばれる笛がある。様々なサイズのものがあるが、一般には“ドレミファソラシド”それそれに対応するパイプが交互に2列に並んで糸で横版などに固定されている。パイプが縦になるように持ち、空きビンを吹くかの要領で音を出す。同種の笛でアンタラというパイプが1列に並ぶ笛がある。しかしこの笛の音階は不思議なことに日本の民謡や演歌、わらべ唄などで使われている5音階(ドレミソラなど)で調律されている。実は日本にもこのアンタラとよく似たスタイルの笛がかつて存在した。平安時代以降は雅楽でも使われなくなり伝承されることなく現在に至っている『排簫』という名の笛である。その排簫は正倉院展でも何度か展示されたことがあった。
私はアンデス音楽(フォルクローレ)のコンサートで楽器紹介の折にサンポーニャやアンタラの後、正倉院古楽器排簫の話を付け加えていた。日本から最も遠い地球の裏側の笛の時空を越えた共通点に私自身驚きと親しみを持っていたからだ。排簫を復刻してからは話だけではなく実際に見て、音色も聞いていただけるようになった。
復刻にあたり、サイズや形状などは正倉院展の図録や文献を参考にさせてもらったが、音の調律には具体的に書かれているものが見つからなかった。千数百年も昔のものでその多くのパイプは音が出せなかったらしい。実用可能な楽器復刻を目指す中、実音についての記述が見つからず具現化には迷いもあったが逆に私には都合のいい一面もあった。それはアンタラと同じ調律にするとすぐに持ち替え楽器として演奏に使えることだった。
正倉院楽器排簫は図録では『甘竹簫(カンチクノショウ)』と紹介され、当時は和紙を丸めた詰め物を上下させることで音程を定めさらに和紙部に水を含ませて気密性を高めたらしい。おそらく当時は雅楽など宮廷の楽舞で限られた人の楽しみであったのだろう。
私たちはより簡単に調律ができメンテナンスなども楽にできるように、竹筒内部を拭き漆仕上げにし、調律栓もパイプ内径に合うようにコルクの削り出しとしたりして改良を加えていった。
南米で現在も一般の人々に普通に楽しまれているサンポーニャ類の笛の音色の多様性を思えば、私が復刻した排簫がより多くの人たちに愛され親しまれるものであれば素敵だと思ってやまないのである。