皆さんこんにちは、音楽家・尺八奏者の泉川獅道と申します。ありがたいことに、来る10月19日に長弓寺円生院の「秋音祭」にて尺八コンサートをさせていただくことになりました。
そもそも私が奈良の寺社で演奏、献笛(献奏のこと)をさせていただくようになったのは、葛城市の當麻寺中之坊にておこなわれている「導き観音祈願会・音楽法要という、「声明」と私の追究する「虚無僧尺八」による新しい試みに参加させていただくようになったことから始まります。そして大峰山での修行に参加した際に中之坊の松村院主から宥亮さんをご紹介いただいたのが円生院さんとのご縁のはじまりです。なにか導き観音さんからお不動さんへ「こいつなかなかおもろいことやりよるから面倒見たってや」とご紹介いただいたような不思議な気分でおります。これを仏縁というのでしょうか。誠にありがたいことです。さて、今日は貴重な機会をいただきましたので、「奈良は尺八のふるさと」というお話をさせていただきます。
日本の伝統楽器「尺八」。その何とも言えない独特の音色は「音味-ねあじ」と呼ばれ、海外でも最も人気のある和楽器の一つとなっています。その尺八にとって奈良は「ふるさと」であるといっても過言でないことをご存知でしょうか。私がそう思うには大きく二つ理由があります。
尺八は雅楽の楽器のひとつとして7世紀後半に大陸から奈良へ伝来しました(正倉院、法隆寺に現存)。その時は雅楽器のメンバーとして一角を担っていたようですが、12世紀末にはそのメンバーから外れてしまいました。文献資料が少ないためその理由は謎のままですが、よく「音が小さかったから」とか「吹く姿かたちが貴族に受けなかった」などと言われています。しかし私は尺八に肩入れする人間ですから「独奏楽器として人気が出すぎたから」と勝手な推測をしています。聖徳太子が好んだ楽器とも伝えられていますし、東大寺の金銅八角燈籠にも音声菩薩像として尺八を吹く仏さまが刻まれています。とにかく奈良で愛されていたことは確かなようです。
もう一つ、尺八といいますと天蓋と呼ばれる編笠をすっぽり被った虚無僧の姿を浮かべる方もいると思います。彼らは尺八を吹いて托鉢する普化宗の僧侶であり、尺八を「法器」として吹くことで、禅の修行(吹禅)としていました。その虚無僧の元祖が南北朝時代に活躍した楠正成の孫、楠正勝であるという言い伝えがあります。実はその楠正勝の墓が十津川村にあり、その墓前で定期的に献奏会が開かれるほど尺八吹きにとってひとつの聖地となっているのです。ちなみに奈良には大和郡山の虚無僧が吹いていた「大和調子」という名曲も伝わっています、その由縁が気になるところです。
以上、大急ぎではありましたが奈良と尺八の縁についてお話をさせていただきました。
さまざまな魅力と謎を秘めた和楽器・尺八ですが、残念ながら現在では人気のある楽器とは言えません。私自身もその深い魅力に気づいたのは大学院生になってからです。しかし、だからこそ私はその楽器を生涯の相棒に選びました。そして、コンサートや仏教音楽との試み、献笛活動などを通して「虚無僧尺八」の魅力を再発信するには、奈良が最も相応しい場所の一つだと私は考えました。尺八に音楽家人生を掛けるなら、その「ふるさと」である奈良で、まず名誉挽回をしてあげたいと願ったのです。そしてそういった私の活動や尺八教室に、たくさんの方からご理解をいただいているからこそ今の自分があります。お寺からお寺へとありがたいご縁をいただき、まさに数珠つなぎとはこういうことなのかなと、感謝の日々です。ご縁をいただくたび、背筋が伸びる思いで「頑張らなければ」と強く思うのです。
10月の秋音祭では、またその恩返しができるよう精一杯精進するつもりです。お会いする皆さんとともに過ごす名刹・長弓寺円生院での時間を楽しみに、今日も獅道は尺八の奥深さと格闘しています。