この度、宥亮さんから「縁つながり」のお話を頂戴しました高野山に止住し総本山金剛峯寺で『高野山教報』という広報誌に携わっております赤堀暢泰と申します。
高野山は弘法大師空海上人が八一六年に嵯峨天皇さまからご下賜いただき鎮護国家・仏道修行の道場として開かれたお山で、平成27年の春には御開創1200年大法会が執行されます。
高野山のお話はこのあたりに。折角の「縁つながり」のお話ですから、私と宥亮さんとの出会いについてお話させていただきます。
月日は去ること平成20年、お山において真言密教最高の奥義と評される学修灌頂という儀式のお手伝いでご一緒させていただいたのがご縁の始まり。このお手伝いのことを「承仕」といい「承仕」はどなたでも、といった気軽な感じではなく、先ずは所縁寺院の推薦をもって応募され、本人の研鑽の善し悪しが厳しく見極められ任命されます。選ばれしこの承仕は、仏さまへの供物など様々な道場荘厳から法会の執行補佐まで法儀の裏方一切を取り仕切ります。
歌舞伎や文楽で、黒装束に黒頭巾を着用し役者の介添や舞台装置を操作する者を「黒子」「くろこ」といいますが、正しくは「黒衣」読みは「くろご」というようで、墨色の衣(我々の世界では「黒衣」「こくえ」)に身を包んだ承仕は役割も当に黒子同様。儀式一切の表舞台には立たず裏方として音も立てずにチョコチョコと動き回るその姿や様子から"ネズミ"ともいわれます。
法儀研鑽が好物?の二匹のネズミは、1200年弘法大師さまから脈々と受け継がれる真言密教の法灯継承の場を縁(えにし)とし、交誼を結ばせて頂いております。
 そんな法縁での多くの承仕仲間のなか、特に宥亮さんの担当は、仏様へお供えするすべての香華を選別調度する部隊を率いる部隊長。「たとえ僅かであっても粗末なものを仏さまに供えてはいけない」というのが信条の宥亮隊長の目にかなった華は、どれも美事な一級品でした。故、こんなことも・・・。お花屋さんから納品される花の前で仁王立ち、一見即見定め相応しくないお花はお持ち帰り頂く始末。宥亮さんのまっすぐな信仰心に対し心嬉しく思ったことを覚えております。
お寺のご本堂やお家のお仏壇にお仏具や供物をお飾りすることを「荘厳する」といい、心を尽くして美しくお飾り(荘厳)することから信仰は始まるという意味で「信は荘厳なり」といわれます。儀式の中の一場面ではありますが、揺るぎない信仰が備わってこその宥亮さんのその行い、仏さまのこころを自身のこころに厳かに飾られた証であると思っております。
今後、更に多くの皆様に"こころ導きの荘厳"をお伝えし、慈しむ深い教化に勤しまれますこと心より祈念申し上げます。
末文では御座いますが、法儀研鑽の舞台で互いに切磋琢磨し学ばせていただけましたことまた今度貴寺広報誌面に寄稿させていただきましたこの法縁に深謝申し上げます。